季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

神社界唯一の新聞社の記事から読み解く参拝の事実

すみません、長い上に読みやすくないかもしれない。



神社界唯一の新聞社 神社新報社平成26年08月11日 更新

皇太子・同妃両殿下 敬宮殿下と神宮へ
平成26年08月11日付 1面(3223号)

皇太子・同妃両殿下、敬宮愛子内親王殿下には七月二十九日、伊勢の神宮に御参拝された。また前日には「せんぐう館」を御視察になられた。
(以下本紙より書き起こし)
皇族各殿下には二十九日午前九時五十分頃、お車で豊受大神宮(外宮)の斎館にご到着。
十時十五分、皇太子殿下にはモーニングコートを召されてシルクハットをお持ちになり、皇太子妃殿下には御参拝服、愛子内親王殿下には学習院女子中等科の制服を召され、御徒歩で参道をお進みになられた。
外玉垣南御門前西側で修祓を受けられた各殿下には、内玉垣南御門外でのお手水ののち同御門内に御参入。
瑞垣南御門下の御拝座にお立ちになり、高城(※はしごだかの高)治延少宮司から御玉串を執られ拝礼された。
こののち少宮司が御玉串を受けて内院に参入。正殿内の御玉串案に奉奠し、各殿下に反命申し上げた。
御参拝ののち、各殿下には御徒歩で斎館まで戻られ、お車で皇大神宮(内宮)へと向かはれた。
内宮斎館に御到着された各殿下には、御小憩ののち、午後零時十五分に正宮へと御参進。
外宮と同様に御徒歩で瑞垣南御門前の御拝座へとお進みになり、御玉串を捧げられて拝礼された。
内宮では、鷹司尚武大宮司が御玉串を受けて内院に参入。正殿内の御玉串案に奉奠したのち、各殿下に反命申し上げた。
せんぐう館で展示品御覧に

二十八日午後三時四十五分、外宮勾玉池池畔の「せんぐう館」に御到着された皇族各殿下には、河合真如館長の説明を受けられながら、第一展示室から第六展示室までを御覧になられた。
館内では、外宮で日々斎行されてゐる日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆふおほみけさい)で奉られる神饌の模型や、「遷御の儀」の渡御御列を六分の一の大きさで再現した模型を御熱心に御覧になられてゐた。
また、御装束神宝の調製工程見本品を展示したコーナーでは、鶴斑毛御彫馬(つるぶちげのおんゑりうま)、玉佩(ぎょくはい)、玉箱(たまばこ)などの製作工程を御覧になり、
社殿造営の展示コーナーでは実寸大の外宮正殿の模型の前にお立ちになられ、その大きさを実感されてゐる御様子だった。
各殿下には、四時四十三分に同館を御出発。お帰りに際して両殿下には河合館長へ、「とてもわかりやすく、素晴らしい内容でした」との御感想を寄せられた。
皇太子殿下には、立太子以前を含め十二回目の神宮御参拝。皇太子妃殿下には三回目、愛子内親王殿下には初めての御参拝となられる。
なほ神宮では、三十日から八月四日まで、各別宮、摂社、末社、所管社すべてで、皇太子殿下御参拝の臨時祭が斎行された。



上を分かりやすくしてみた。

「二十九日午前九時五十分頃、お車で豊受大神宮(外宮)の斎館にご到着。」

「十時十五分、皇太子殿下にはモーニングコートを召されてシルクハットをお持ちになり、皇太子妃殿下には御参拝服、愛子内親王殿下には学習院女子中等科の制服を召され、御徒歩で参道をお進みになられた。」

「外玉垣南御門前西側で修祓を受けられた各殿下には、内玉垣南御門外でのお手水ののち同御門内に御参入。」

「瑞垣南御門下の御拝座にお立ちになり、高城(※はしごだかの高)治延少宮司から御玉串を執られ拝礼された。」
こののち少宮司が御玉串を受けて内院に参入。正殿内の御玉串案に奉奠し、各殿下に反命申し上げた。

「御参拝ののち、各殿下には御徒歩で斎館まで戻られ、お車で皇大神宮(内宮)へと向かはれた。」

「内宮斎館に御到着された各殿下には、御小憩ののち、午後零時十五分に正宮へと御参進。」

「外宮と同様に御徒歩で瑞垣南御門前の御拝座へとお進みになり、御玉串を捧げられて拝礼された。」
内宮では、鷹司尚武大宮司が御玉串を受けて内院に参入。正殿内の御玉串案に奉奠したのち、各殿下に反命申し上げた。
↓↓
『なほ神宮では、三十日から八月四日まで、各別宮、摂社、末社、所管社すべてで、皇太子殿下御参拝の臨時祭が斎行された。 』 ************************************************************
読んでいて不思議に思ったことが2つ。
その1
どこにも潔斎の言葉が無い。
到着した9時50分から10時15分の間、何をしていたのか?
→潔斎もせず、単に着替えを済ませただけの時間だったのか。

その2
「瑞垣南御門下の御拝座にお立ちになり、高城(※はしごだかの高)治延少宮司から御玉串を執られ拝礼された。」
こののち少宮司が御玉串を受けて内院に参入。正殿内の御玉串案に奉奠し、各殿下に 反命申し上げた。
皇太子一家は、高城(※はしごだかの高)治延少宮司から御玉串をとり、拝礼。

その後、少宮司が御玉串を受け取り、内院に入り、正殿に御玉串を捧げた。

皇太子一家に 反命申し上げた。
※反命の用語解説 - [名](スル)
使者が任務を終えて戻り、その結果を 報告すること。復命

ということは、内宮及び外宮で玉串を持って拝礼しただけで、捧げていなかったんだね。

最後の「三十日から八月四日まで、各別宮、摂社、末社、所管社すべてで、皇太子殿下御参拝の臨時祭が斎行された。」は、潔斎せず伊勢神宮を歩き、皇太子一家がまき散らした穢れを掃除したとしか読めない。

それだけでは足らず、台風11号をお呼びになったのかもしれないと思うと、どれだけの穢れをまとっているんだよ!と突っ込みたくなる。

あからさまに、手順をすっ飛ばしていることは祭祀を軽んじている表れ。
そんな皇太子が天皇になれるなんて無い訳がない。
雅子さんは潔斎がお嫌いだというのをどこかで読んだのだから、潔斎なんて意味がないと思っているのだろう。
そんな皇太子妃が立后できると思うわけないだろう。
お目出度い二人である。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

 | HOME |