季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

皇太子さんの動き(石清水八幡宮)①

本当は、昨日(11/30)アップしようと思ったが、秋篠宮殿下の誕生日につき、自粛。
今日(12月1日)、載せます。



昨日、皇太子さんが、石清水八幡宮に行った。
知人から聞いたが、天皇陛下がお越しになった時とは違うすごい規制が敷かれていたそうだ。
相変わらずだと、失笑しかない。

で、石清水八幡宮に何をしに行ったのか。
国宝になったから見に行っただけではないと思う。

石清水八幡宮は、京都の裏鬼門(南西)を守護し、鬼門(北東)の延暦寺とともに、重要視されているところ。

そして、皇統と関わりがあるご祭神がいらっしゃる。

詳しくは、wikiの「宇佐八幡宮託宣事件」を読むと分かるが、こんな事があった。

769年、宇佐八幡大神(応神天皇)より「道鏡を皇位に就かせたならば国は安泰」という託宣があったと、道鏡の弟で大宰帥の弓削浄人と太宰主神(だざいのかんづかさ)習宣阿曾麻呂(すげのあそまろ)という者がうその奏上をする。
  ↓
称徳天皇は真偽を確かめるため、和気仲麻呂を宇佐八幡宮に勅使として参宮させる。
  ↓
「我が国は天地のはじめ以来、主君と臣下のことを決めている。臣下をもって主君とする。これには変わりはない。皇位は、皇族の者をたてなさい。道にはずれる者(皇位を狙う者)は早く追放しなさい」という大神の託宣を、和気仲麻呂が報告する。
  ↓
称徳天皇の怒りをかい、和気仲麻呂は改名のうえ、左遷させられる。


その宇佐八幡宮の八幡大神(応神天皇)が、859年に宇佐八幡宮に参詣した僧行教(ぎょうきょう)に「都近くの男山に移して、国家の乱をしずめて外敵・災難から守る」と託宣をした。
それで、宇佐八幡宮から勧請し、石清水八幡宮ができた。

この話を知った時は、和気仲麻呂GJ!と思った。
皇位に、皇族以外の者をつかせようとするのは、理(ことわり)からはずれること。
天皇という立場は、皇族でなければ、意味がないのだから。

藤原家でさえ、そのことは分かっていたから、自分の娘を嫁がせ、その子を皇位につかせたりして陰で操った。


皇太子さん、まさか、伊勢の時みたいに、「あ・愛子を皇位に」とお願いしていないだろうね。
もし、お願いしたとしても失笑くらうだけで、終わり。

後、過去のブログ読んでたら、こんなことがあったなと思い出した。
「2つの事象」より。
●石清水八幡宮の鳥居が根こそぎ倒れる
●典子さんの夫、千家 国麿(せんげ くにまろ)さんが出雲大社で務める前に、勤めていた神社でもある


考えていくと、皇太子さんの動向が気になる。


つづく。


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