季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

脱却の時

安倍さんの訪米ニュースで、ネットサーフィンをしている中、福沢諭吉さんの「脱亜論」に行き当たった。

読んだ感想は、現代でも通じると思った。

以下は、「脱亜論」から抜粋して載せてみた。
その後に、ちょっと呟いている。

もともと人種的に異なっているのか、それとも教育に差があるのか、シナ・朝鮮二国と日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。情報がこれほど速く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、それでも過去に拘り続けるシナ・朝鮮の精神は千年前と違わない。この近代文明のパワーゲームの時代に、教育といえば儒教を言い、しかもそれは表面だけの知識であって、現実面では科学的真理を軽んじる態度ばかりか、道徳的な退廃をももたらしており、たとえば国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。

儒教は失われつつある韓国と中国が、日本のしたことを大きく膨らませ、ねつ造した過去に拘り続けるのは同じ。
国際的に、「慰安婦問題を解決しない限り、首相との会談はない」と言った韓国大統領。
つげ口外交をした結果、気付いたら韓国が孤立していたという状況に。

それでも、「悪いのは日本」と言い続ける。

戦後70年も経っているのに、これからも日本は韓国や中国に謝罪し続けねばならないのだろうか。
戦争という悲しい事があった過去を忘れてはならない。
だが、過去を清算し、未来を見ようとしているのに、過去に拘り続ける国がいる。
未来に、子孫に、「謝罪」という遺産を残すことを要求されていると思うのは私だけだろうか。

「私の見るところ、このままではシナ・朝鮮が独立を維持することは不可能である。」

表面は、チベットの自治という形だが、実際は尊厳を踏みにじっている共産党。
その共産党が倒れたら、中国はバラバラになるだろう。
政権が変わるたび、その時の文化を壊す韓国は、伝統がない。
防衛は、アメリカ頼りだが、有事の時は日本の協力あってアメリカの参戦という形になるので、関係悪化状態である日本の協力は無い。
あたふたしてる間に、北に攻め込まれ、朝鮮統一になるかも。

それとも、朝鮮統一したところで、中国に攻め込まれるかもしれない。

上は、あくまでも私の予想。

「二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。」

中国と韓国が、過去に拘るのをやめたと宣言する日が来るかもという甘い考えは持つなということね。

過去に拘り続ける以上は、未来のアジアでも浮くだろう。


「脱亜論」の最後に、明治18年3月16日 と日付が載っている。
明治18年=1885年。
精神が、130年前と変わっていない韓国・シナ(中国)。

そんな国と仲良くするのはとても難しい。

日本の方は、130年間の間に、戦争を経験し、日本の精神は変わったと思う。
だが、日本の奥底に、忘れられない日本の精神(大和魂)が残っている。

その忘れられない精神の象徴が、天皇であり、ひいては皇室にある。

皇室がある限り、日本の精神は失われない。

日本の原点を、皇室が持っている。

そう思うと、皇室の存在はとてつもなく大きい。


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