季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

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大嘗祭を執り行うお方は(10/18追記)

産経ニュースの「平成30年11月に大嘗祭」を読んだ。

10/18 追記
言葉が色々足らないかなと思い、追記です。

「30年11月に大嘗祭」がなぜ取り上げられるのか?
仮に天皇陛下が「生前退位」するならば、平成30年に「即位の礼」と出るはず。
と、疑問が浮かんだ。

他の皇室記事を見ると、ほとんど
「天皇陛下、平成30年=2018年に生前退位を想定」の記事と、
「政府・天皇陛下の生前退位は無理」の記事の2つに分かれている。

記事を読む人は、どのニュースが本当なのかと不安に思うかもしれない。
今のマスコミは、日本にとって良い事実や真実を伝えているわけではない。
記事を丸ごと信じてはいけない。

この事をふまえ、読む時は色んな記事を読む。
そして、各記事を照らし合わせ、自分なりにこの部分は真実かもしれないと思う部分を心にとめる。

今日、改めて記事を見直した。
「平成30年」とあるのは、いわば〆切というか、ひとつの区切りなのかもしれない。

天皇陛下や政府側が、浩宮夫妻に以下の事を言い渡してもおかしくないね。

①平成30年に大嘗祭
浩宮の手元に、「即位の礼」など、大嘗祭を行うお金はあるか?

②壷切の剣など東宮が受け継ぐモノはあるか?

③公務について、天皇陛下と同じ質と量で働けるか?
また、健康状態はどうか?(もちろん、大丈夫だよね?)

④夫妻で公務が務められるか?
雅子さんは、ビョーキとのことだが、休むからには東宮医師団の診断ではなく、正式な診断を!

全て、答えは「無理」。


色々考えながら読んでいくと、「悠紀殿(ゆきでん)」と「主基殿(すきでん)」の文章が目にとまった。
をご覧になった秋篠宮両妃殿下のことが思い浮かんだ。

2015年06月07日 
秋篠宮両殿下愛知県お成り(六ツ美悠紀斎田100周年記念式典ご臨席)
2015年06月21日 
秋篠宮両殿下、香川県お成り(「主基斎田100周年記念式典」ご臨席)


秋篠宮両殿下が、「悠紀殿(ゆきでん)」と「主基殿(すきでん)」をご覧になったのは偶然ではない。

ここで、天皇陛下のお言葉を振り返る。
天皇陛下は、お言葉の中で、生涯天皇であることを示された。

そして、重要なポイントは、天皇陛下は「皇太子に受け継ぎたい」とは言っていない。

浩宮は皇太子という地位にあるが、その地位は保証されているわけではない。
その事が分からないまま、浩宮が病に倒れる。
病床で弟宮が摂政&登極されることを知り、初めて驚く。

と言う訳で、大嘗祭を執り行うのは、浩宮ではないよ。

平成30~32年の間だが、32年以降も今上陛下の御代が続くことを祈る。


賀茂別雷神社・賀茂御祖神社のご祭神について

wikiなどや色々見られる話しとちょっと違うかもしれないが、私が知っている話を書く。

ご祭神について

○カモタケツノミノミコト(加茂建角身命)
神武天皇の東征に伴った。伊賀古夜比売(イガコヤヒメ)を妻とし加茂の地に定住した。
その子 玉依比売(タマヨリヒメ)とともに加茂三社に祭る。

●イガコヤヒメ(伊賀古夜比売)
加茂建角身命(カモタケツノミノミコト)の妻。
賀茂神社に祀る。

○タマヨリヒコノミコト(玉依彦命)
加茂建角身命(カモタケツノミノミコト)の子。

●タマヨリヒメ(玉依比売)
加茂建角身命(カモタケツノミノミコト)の子。
丹塗り矢によって賀茂別雷神(カモワケイカズチノカミ)を生む。
〔賀茂神社=下賀茂神社のご祭神〕

◎カモワケイカズチノカミ(賀茂別雷神)
玉依比売(タマヨリヒメ)と丹塗り矢によって生まれた子。
丹塗り矢が大山昨命(オオヤマクイノミコト)の化身であったということから、大山昨命(オオヤマクイノミコト)が父と言われている。


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カモタケツノミノミコト(加茂建角身命)一家の話。

カモタケツノミノミコト(加茂建角身命)が神武天皇の東征に伴って軍を率いて大和にいた。
東征の時に、カモタケツノミノミコト(加茂建角身命)は、ヤタガラス(八咫烏)に姿を変えたという。

大和葛城→賀茂に移り、さらに川を遡って久我の北方の山本というところ(加茂神社の所在地)に移ってお住まいになった。

イガコヤヒメ(伊賀古夜比売)を呼び寄せて住まわせ、タマヨリヒコノミコト(玉依彦命)とタマヨリヒメ(玉依比売)が生まれた。

あるとき、タマヨリヒメ(玉依比売)が川のほとりで遊んでいると丹塗り矢が流れてきたので拾い上げ、家に持ち帰って、床のところに刺しておいた。
それがもとで懐妊して、男子(カモワケイカズチノカミ(賀茂別雷神))が生まれた。

男子が大きくなった時、祖父のカモタケツノミノミコト(加茂建角身命)が宴会を催した。
祖父のカモタケツノミノミコト(加茂建角身命)が、男子に「お父さんと思われる方にこの酒をつぎなさい」と言いつけた。

男子は酒杯を取り、天に向かってお祈りをはじめ、屋根を突き破り、天に上った。

屋根を破って天に昇られたので、祖父の名を取りカモワケイカズチノカミ(賀茂別雷神)と申し上げた。

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賀茂御祖神社・通称下鴨神社は、カモワケイカズチノカミ(賀茂別雷神)の母と祖父が祀られている。
その為、賀茂御祖神社と言う。

ご祭神
母・タマヨリヒメ(玉依比売)
祖父・カモタケツノミノミコト(加茂建角身命)


賀茂別雷神社・通称上賀茂神社は、カモワケイカズチノカミ(賀茂別雷神)を祀っている。
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賀茂別雷神社・通称上賀茂神社について、こんな話がある。

欽明天皇(539~571)時代、天候不順で作物の生育が悪く、農民の疲弊があったことを心配した天皇が神官に占わせた。
その結果が、賀茂大神の祟りであると出る。

ただちに手厚く祭祀を行った。すると、天候不順はなくなり、晴雨のサイクルが回復して、五穀豊穣となったという。

それ以来、賀茂神は祈雨(きう)・止雨、河川・治水神、農業・産業開発の守護神として崇敬を集めるようになった。

その後、桓武天皇の平安遷都の際、平安京の守り神として信仰された。

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天皇陛下が賀茂御祖神社、賀茂別雷神社に行かれるのは、神社の由縁もあるし、
・神武天皇と関わりがある
・毎年葵祭に勅使を使わしている
・去年、遷宮があった
もあるからかなと思っている。


参考資料「神話伝説 神・仏の戸籍しらべ」より
古い本だけど、神々や仏さまの由来を知りたいときは、この本が参考になる。
「古事記」



10/13追記済

恥ずかしいことにお尻を怪我しました。
正座が辛い、かと言って椅子に座るのも辛いという日々が続きました。
やっと、痛みが軽くなり、正座できるようになったので、パソコンにログインし更新できました。

ブログを休んでいる間に、コメント下さった方、返事が遅くなり申し訳ありませんでした。
全て返事しましたので、よろしくお願いします。

コメントくれた皆さん、本当にありがとうございます。

負担にならない程度にやっていくつもりです。


さて、色々書きたいことが沢山あるが、少し箇条書きでアップ。

まずは紀子妃殿下の誕生日。
もう今日になってしまいましたが、旧暦で9月11日、紀子妃殿下の誕生日。
改めておめでとうございます。

宮内庁長官、宮務官が外務関係から警察庁・内閣関係に変わり、雅子さんにとって厳しい状況になった。
今までは、至極真っ当な事でも雅子さんにとっては不愉快であれば、「お父様に言うから!」で恫喝し、雅子さんの思うままにできた。
ところが、外務関係ではないから、恫喝も効かない。

現在の外務省も、小和田父の繋がりが薄れてきている。
退官後も影響が残っていたのは、娘が皇太子妃だったからだ。
娘が皇太子妃ではなくなったら、大きな顔しようとしてもできないね。

愛子さんに失礼だが、愛子さんを見ると人形の二文字が頭に浮かぶ。
雅子さんの人形であり、時には、内親王の母という盾にも使う。
少し雅子さんが愛子さんに自身を投影させているふしもある。
日本一の毒母だね。

薬というものは良いが、使用量を超えて使ったら毒になる。
愛子さん、しんどいと思うよ。
二学期に入ってから学校を休んでいる愛子さんをいきなり宮内庁病院に連れて行ったのは、連れていかなければならなかったから。
本物の医師による診断と、明確な欠席理由を求められた。

だが、その結果に納得する者はいない。
愛子さんには雅子が必要なんだとも見せつけたつもりだが、離れさせたほうが良いと逆に思われている。

天皇陛下が生涯天皇であると示されたにも関わらず、生前退位を~と言っている野党がいる。
生前退位後の天皇陛下の呼称も考えないと~って、上皇しかあり得ない。

何を言っているんだと言いたい。
生前退位のクーデターを起こした側としては、簡単に引っ込められない事情がある。
それと、クーデターをしてみたものの思うような流れにならず、無理やり流れを作ろうとしている。

天皇陛下が否定なさった以上は、生前退位は無いと思っている。
もし、譲位なさるとしたら、国民に負担をかけないように喪の簡略化したい為だろう。
今の形になったのは明治からだが、歴代の天皇について色々読むと、喪の簡略化の為、譲位してから何日後に亡くなられたという史実があることが分かる。
国民に寄り添う天皇陛下らしいお考えだと思う。
そして、陛下御自身が亡くなられた後のことまでお考えになられている。

浩宮の潮目は、2003年から。

長い時間をかけて工作され、入り込んできたモノを排除するにも、時間がかかる。
まずは、排除が皇室から始まる。

日本の為に動いているのは、生きている者だけではない。
八百万の神様方はもちろん、かつてお国の為に戦い死んでいった英霊たちも動いているよ。
こんな日本にする為に我々は死んだのではないと悔しがっておられる方もいるし、色々警告を出されている方もいる。
皆共通しているのは、日本を良くしたいと、国体が上がることを望んでいること。

我々も頑張ろう。




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