季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

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皇居の「門」

テレビでニュースを見た後で、Youtubeの生前退位の意向後初 両陛下ご一家で昼食会 を見た。

秋篠宮殿下と黒田清子さまは、同じ所を車で通られているようだが、浩宮は違う所を通っている気がすると思っていた。

そしたら、今日、朝日新聞デジタルに、秋篠宮殿下と清子様と、浩宮がどこを通ったと詳しく書かれていたのを見つけた。
下に、転載する。

天皇ご一家、集まり昼食会
朝日新聞デジタル 2016年7月24日05時00分

 天皇陛下は23日、お住まいの皇居・御所に皇太子さま、秋篠宮さまを招き、昼食をともにした。長女の黒田清子さんも同席した。天皇陛下の「生前退位」の意向が明らかになった後、ご一家が集まるのは初めて。

 この日は午前11時半過ぎから、黒田さん、秋篠宮さま、皇太子さまが別々に車で皇居に入り、約2時間にわたり御所で過ごした。ご一家は時折御所で食事会を開いている。内容は非公開だが、今回の事案が話題にあがったとみられる。午後2時10分過ぎ、乾門から秋篠宮さまと黒田さんが別々に車で出ていき、秋篠宮さまは集まった報道陣らに頭を下げてあいさつした。皇太子さまは桔梗(ききょう)門から車で皇居を出たという。

 関係者によると、天皇陛下は天皇の位を皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を持ち、皇后さまや皇太子さまらに伝えているという。(多田晃子、島康彦)



秋篠宮殿下、清子さまは、帰りは乾門から出られたということだが、行きもそうではないかと思う。
浩宮だけ、先に桔梗(ききょう)門から出た。

ちなみに、桔梗(ききょう)門で調べると、皇居参拝者や勤労奉仕の人達が出入りする門で、皇族が出入りする門ではないようだ。

皇居の「門」について、前にこんな記事があった。


半蔵門使用は天皇、皇后、皇太子一家のみ 他の皇族は乾門へ
2013.06.04 07:00
http://www.news-postseven.com/archives/20130604_188618.html

「おサイフ」の中味も違えば、護衛の数、皇居を出入りする門まで、皇太子家(東宮家)と
秋篠宮家には大きな「格差」がある。産経新聞記者・大島真生氏が解説する。

 平成18(2006)年9月6日、41年ぶりの男子皇族となる秋篠宮家の第三子、悠仁さまが誕生された時、
「悠仁親王」命名の儀の会見は宮内庁記者クラブの隣にある「報道室」で行なわれた。報道室とは宮内庁が
日常の記者発表やプレスリリースを行なう場所である。
 その5年前、平成13(2001)年12月1日、皇太子家に長女、愛子さまが生まれた。天皇陛下から授けられた
「敬宮愛子」の命名の儀の会見は、文化勲章の受章者らが記者会見を行なう宮内庁3階の大講堂であった。
 誕生の際の一般記帳についても、愛子さまは、誕生の翌日から宮内庁で行なわれたが、悠仁さまは「宮家」
だからとの理由で一般記帳が行なわれなかった。
 皇太子家と宮家では、皇居を出入りする際に通る「門」にも違いがある。天皇陛下および内廷皇族(皇后、皇太子ご一家)は「半蔵門」が用いられるが、他の皇族は「乾門」を使用する。秋篠宮さまも半蔵門を使うが、「陛下から特別にお許しを得てのこと」とされており、土日に私用で皇居を訪れる時には、遠慮して乾門を通っている。
※SAPIO2013年6月号


ということで、浩宮の独断でこの「桔梗(ききょう)門」を通ったなんてことは絶対無い。

天皇皇后両陛下がお住まいになる皇居の「門」だから、天皇陛下のお許しがないと通れない。

天皇陛下から、浩宮は桔梗(ききょう)門から出るようにと言われたからだろう。
この意味は、大きい。

ところで、取材のカメラが入っていたから、浩宮は行き帰りも桔梗(ききょう)門を通るという情報が入っていたのだろうか。

ところで、この記事からは、秋篠宮殿下の身位が分かる。
秋篠宮殿下は平日は半蔵門をお使いになられ、休日に私用で参内される時には、乾門をお通りになるってこと。
つまり、浩宮と秋篠宮殿下は同等に扱われているという証だ。

眞子さま佳子さまも、半蔵門をお使いになられているのは自然なことである。

たかが「門」されど「門」、奥深い。


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