季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

天長節

天皇陛下、82歳のお誕生日おめでとうございます。
これからも御代が続くことを心よりお祈り申し上げます。

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去年の、『天皇誕生日』で書いたように、皇統は天皇陛下―秋篠宮殿下―悠仁殿下と続きます。

以下、2枚とも拾い物ですが、私のお気に入りの写真です。


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皇太子殿下(現今上陛下)、礼宮殿下、昭和天皇

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今上陛下、秋篠宮殿下

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弥栄をお祈り致します。

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エルサルバドル、ホンジュラスの眞子さま 花編

眞子さま 花編

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お花をお持ちになる姿も素敵。



エルサルバドル、ホンジュラスの眞子さま④

エルサルバドル、ホンジュラスの眞子さまシリーズは、これで終わり。

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秋篠宮妃殿下のように、国内では見られない服が多かった。
国内でも、お召しになる時がくるといいな。

皆さん、いかがでしょうか。

私は、どれも良いんですが、特に②の2枚目の薄緑のレースのワンピース、③の4枚目のブルーのスーツ、この④の2枚目のワンピースをお召しになっている眞子さまが良い。


これだけは言える。
訪問先で、笑顔が多くてほのぼのとする写真が見られるのは、天皇皇后両陛下と、秋篠宮ご一家だね。



エルサルバドル、ホンジュラスの眞子さま③

エルサルバドル、ホンジュラスの眞子さま③


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凛としていて素敵。

やっぱり、姉弟だな。
眞子様のお目元が、悠仁殿下を思い出す。

続く。


エルサルバドル、ホンジュラスの眞子さま②

エルサルバドル、ホンジュラスの眞子さま②

ネットでの拾い物なので、漏れがあるかもしれないけど、できるだけアップしてみた。


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海外の写真のほうが、素晴らしい。
このことから、海外では腕が良いカメラマンがいること、取材に力を入れているかがよく分かる。

遺跡など野外で、動きやすいような服を着ていらっしゃるのも良い。


エルサルバドル、ホンジュラスの眞子さま①

遅くなったが、眞子さまがエルサルバドル及びホンジュラスをご訪問をされた。
日本では、ご訪問の一部しか報道していないので、インターネットでほとんど画像を見れて嬉しい。

今日は、眞子さまの着物姿を載せてみる。
裏地がないように見えるので、単衣(ひとえ)だと思う。
紀子さまもそうだけど、”日本”を感じる装いをして下さって嬉しい。

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御地赤も似合っていたけれど、水色か浅葱色(あさぎいろ)?もよく似合っていると思う。

初めてのご訪問をこなされ、帰国された今。
「(平成27年12月15日) エルサルバドル及びホンジュラスご訪問を終えて」とご訪問について印象を書かれている。

今さらだけど、眞子さまではなく、眞子内親王殿下と呼ばなければいけないね。

又、写真をアップする。

悠仁殿下の「信号機」



皇室画像掲示板より
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素材→発泡スチロールの板、電球を使用。
信号灯の点灯時間→赤は53秒、黄は3秒、青は51秒。
電球を光らせるスイッチを収納するための「電源箱」も作成。

きっかけ
幼稚園のときに、信号機が電球からLEDへ変わることをお聞きになって、信号機に興味を持ち始めた。
小学生になられてからも、信号機に関心を持ち続け、その種類や形のほか、青色から黄色、黄色から赤色へと電気の色が変わる時間にも目を向けられるようになった。



成長につれて、宮内庁の文化祭に出す作品のレベルが、上がっている。

作成にあたって、秋篠宮同妃両殿下や佳子さまがお手伝いされたと思う。
重要なのは、信号機に興味を持ち、オプジェを作成することを考えた悠仁殿下。

素晴らしい。

幼稚園や小学校へは車で通われると思う。
悠仁殿下は、ただ車に乗るだけではなく、外の風景や道路などに目を向けられ、興味を持たれていたかが分かる。

色々資料を読まれたり、色々調べた結果、昔「赤坂表町」があったところに、「左折」と「直進」の矢印式信号機があったということで再現されたのかな。

素晴らしくて、感動で心が震えた。

来年は、どんな作品を出品なさるのかな。
今からワクワクしております。





する側、見守る側(※私見)

(※私見です)


「祭祀」をする側。

「祭祀」が行われるのを見守る側。


この違いは、直系と傍系。

直系に何か無い限り、皇族の一員として「祭祀」を見守る側として生きる。

「あなたが天皇です」と言われる夢を見たという話しをされたと知った時は、天皇という地位にすごく執着しているなと思った。


天皇になるということは、どういうことか。


上手く言えないが、天皇になることは、とても重い

生まれる前から、天皇に就くという運命を持って生まれてくる。

現世では、自分一人の体ではない上、発する言葉も重く受け止められる。
言葉や態度次第で、混乱をきたしかねない。
だから、言葉を慎重に選び、話される。

1年を通して「祭祀」が行われる中で、特に天皇陛下しかできない「祭祀」を行う。

崩御された後は、天皇陛下が誕生時~崩御時までの歩み、功績に加え、当時の政治、社会、文化が、
先帝陛下のように『実録』として公表される。


「欲」では務まらない。

無私の心で務める。


天皇の地位に執着せず、「祭祀」を見守る側として生きたら、息子の逆縁もどうだったかな。
今となっては、遅いことだけど。


何が言いたいかというと、祭祀を見守る側に邪の「欲」はいらん。

正の「欲」すなわち、皇族として清く正しく生きて欲しい。

これに尽きる。





2003年10月15日の写真

ネット画像から拾い物。

2003年10月15日 メキシコのビセンテ・フォックス=ケサーダ大統領歓迎宮中晩餐会
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紀子妃殿下が、珍しくチョーカーをされている。
右では、青緑色に見えるが、左だと、雅子さんと衣装の色が似ている風にも見えるね。

チョーカーや衣装当たりされたから、珍しく紀子妃殿下が沈んだ気持ちを顔に出されたのかな。

検索すると、こういう画像が出てきて、助かった。
ネットがあって良かった。







12/1付けの訂正

宮内庁が、「週刊文春(平成26年11月13日号)の記事について」の一部訂正についてをHPに載せていた。

去年の11月に書いた記事『最終段階に入った?』『流れをまとめただけ』『松 の 間』に追加記事という形で書く。



「週刊文春(平成26年11月13日号)の記事について」の一部訂正について

平成27年12月1日

宮内庁は,平成26年11月13日付の当庁ホームページ「週刊文春(平成26年11月13日号)の記事について」と題する発表文の中で,同記事に記載された事実関係について説明し,2003年10月のメキシコ大統領を迎えた宮中晩餐の前席で,天皇陛下が,皇太子妃殿下を賓客に御紹介になることなく,秋篠宮殿下を御紹介になるというようなことは到底起こり得ないとの見解を示し,関係者に速やかに記事の訂正を求めたことを公表しました。

この時の当庁の見解に何ら変更はありません。

発表文にある秋篠宮殿下の御発言は,週刊文春がメキシコ大統領宮中晩餐において「大統領に対する紹介が,皇太子の次に並んでいた雅子妃を飛ばして,秋篠宮殿下に移ってしまったのだ」との友納氏の記事を掲載したことから,天皇陛下が国賓に皇族方お一人お一人を御紹介する場において,記事にあるような奇異な出来事がこれまでにあったのかをお伺いしたことに対し,殿下が,国賓をお迎えした際の陛下の皇族御紹介で何か手順と異なることを陛下がなさったという記憶は全くなく,万一にも皇太子妃殿下を飛ばして自分が紹介されそうになったら,必ずその場で陛下に申し上げたと思うと述べられたことを記載したものであります。

週刊文春の記事内容をそのままに受け取り,「雅子妃を飛ばして,秋篠宮殿下に移ってしまったのだ」との同誌の記事から,「当時皇太子妃殿下の次に控えておられた」と記載したことにより,実際には当日,秋篠宮殿下は愛知県お成りのため欠席されていましたが,秋篠宮殿下がメキシコ大統領の宮中晩餐におけるお話をされたような印象を与えたことは当庁の不手際でありました。

当時の発表文の中で,「念の為2003年10月にメキシコ大統領を国賓としてお迎えした際の宮中晩餐での御紹介の状況につき,当時皇太子妃殿下の次に控えておられた秋篠宮殿下に伺ったところ」との記載は,「念の為宮中晩餐で,出席されたすべての皇族方を天皇陛下が御紹介する場において,秋篠宮殿下が何か奇異に感じられたことがあったかを伺ったところ」と訂正します。

以上の経過を踏まえた平成26年11月13日号の週刊文春の記事についての事実関係と宮内庁の見解は下記の通りです。

なお,この点における当庁の事実関係の説明に一部誤解を与える点があったことは,週刊文春の関係者にも通知しています。



同記事は,「十一年前の「衝撃的な出来事」」との小見出しの下に,2003年10月,メキシコ大統領を迎えた宮中晩餐の前席で,大統領に対する天皇陛下の皇族御紹介が,「雅子妃を飛ばして,秋篠宮殿下に移ってしまった」ことから,「雅子妃が妃殿下としての自己の存在について,決定的に自信を喪失した」との趣旨のことを記しています。

しかしながら,以下に記すように,これまで踏襲されてきた皇族方の国賓に対する御紹介の段取りからして,「皇太子妃殿下を飛ばして」というようなことは到底起こり得ないことです。

宮中晩餐御出席のために宮殿南車寄に到着された国賓御夫妻をお出迎えになった両陛下は,国賓とご一緒に松風の間に入られます。間内では,皇太子同妃両殿下始め皇族方が,御身位の順に列立してお待ちになっておられ,天皇陛下は皇太子殿下から順番にお一人ずつ国賓御夫妻に御紹介になり,すぐその後に続き皇后陛下が同様にして国賓夫人に次々と皇族方を御紹介になります。そして御紹介が完了すると飲み物が供され,国賓御夫妻と皇族方の御懇談が始まります。このようにして進められる国賓御夫妻と皇族方のお出会いは,通例15分程度で終了し,次いで両陛下と国賓御夫妻お四方が松風の間を出,その日の晩餐会の招待者一人一人から挨拶をお受けになるレシービング・ラインに立たれるため,石橋の間に向かわれます。この石橋の間での行事の完了後,両陛下は国賓御夫妻とご一緒に,そして皇族方がその後を進まれ,晩餐が供される豊明殿にお入りになります。

以上のように,国賓御夫妻への皇族方の御紹介及びそれに続く行事は,毎回全く同じ段取りで取り進められており,その第一段階で,秋篠宮殿下以下全員の皇族が見守られる中で,天皇陛下が,皇太子妃殿下を賓客に御紹介になることなく,秋篠宮殿下を御紹介になるというようなことは到底起こり得ません。念の為宮中晩餐で,出席されたすべての皇族方を天皇陛下が御紹介する場において,秋篠宮殿下が何か奇異に感じられたことがあったかを伺ったところ,自分(殿下)は,行事などの際に,何か手順通りに進められなかった場合は,直ちに気が付く方だし,また,再発を防ぐためにもかなりの長きにわたりそれを記憶しているつもりだが,これまで国賓をお迎えした際の陛下の皇族御紹介で何か手順と異なることを陛下がなさったという記憶は全くなく,皇太子妃殿下を飛ばして自分が紹介されたということは決してないと思う。また,万一にも自分が先に紹介されそうになったら,自分は必ずその場で陛下に申し上げ,皇太子妃殿下の紹介が先になるように取り計らったと思うとの御返事を頂きました。

国賓を迎えるという晴れの席で,天皇陛下がそのようなことをなさるという事実に反することが手記として掲載されたことは,陛下に対する礼を失する誠に遺憾なことであります。




新たな訂正部分は、こうだね。
2003年10月のメキシコ大統領を迎えた宮中晩餐会に、秋篠宮殿下は出席していなかった。
宮中晩餐会で、出席された皇族方を天皇陛下が紹介する場でおかしなことはなかったかと、念のために秋篠宮殿下に確認しただけ。

雅子さん、出席していない秋篠宮殿下に紹介が移った!と妄想や幻想を見たと脳内タレ流しした結果、自爆。
何かあったとするとしたら、出席されていた紀子妃殿下だよね。

お抱えのライターも、秋篠宮殿下の予定表を確認しない上、場所「松風の間」を「松の間」と間違えて書くし。
裏とらず、雅子さん側の妄想や幻想をそのまま書いただけだと分かる仕事ぶり。
さすが、お抱えライターだけある。

1年経って、この訂正とは、泳がせておいたのかな。

そして、この訂正が出された日は、愛子さんの誕生日。

伝え聞きなものだけど、雅子さんの誕生日に出される東宮医師団による見解、これでは駄目だと言われたっぽい。
それで、発狂と。

戻るも地獄、進むも地獄。
じわじわと直面させられて苦しいだろうね。


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