季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

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批判に本質があるかないかを見る

最近、画像掲示板などで、

東宮夫妻批判→その大元の責任は皇后陛下だー!批判
東宮夫妻批判→天皇皇后両陛下が動かないー!批判

秋篠宮ご一家を褒める→秋篠宮家が苦労しているのも皇后陛下のせいだー!批判


に持っていきたいパターンが見られる。

天皇皇后両陛下批判→皇室廃止に持っていきたい狙いもあるみたいだけど、その批判の文章を読むと、下品で不快感がある。


東宮夫妻を批判するのは、それなりの理由がある。

えり好み公務し、その度に、天皇陛下よりすごい交通規制や過剰警備を敷く。
公務して静養し、静養し疲れで静養。
自分たちの誕生日が近づくにつれ、「私だって公務してます!」ロケの公務に出てくる。
明らかに、国民の方を向いていない東宮夫妻。
本質を突く批判だから、それに賛同する人たちが増えている


天皇皇后両陛下への批判に持って行きたいから、上記のように、ただ両陛下の批判をする。
しかし、テレビを通じて、国民より多忙で、国民に寄り添い、国民の為に祈って下さると分かるから、それらは、本質を突く批判ではないと自然に分かる。
すなわち、本質を突かない批判だから、賛同できない
そして、論破されて終わり。

両陛下批判に持っていきたい人たちは、この違いが、まだ分からないらしい。

両陛下の育児、教育が素晴らしかったのは、秋篠宮殿下と紀宮さまを見ても分かるだろうに。

素晴らしい教育が、皇太子さんに通じなかったのは、皇太子さんが持つ障害に伴う性格だからだろう。

最後に、
本質を突く批判は、高まり、大合唱になる。
本質を突かない批判は、澱に消える。

これは、政治への批判にも、通じる。




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