季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

今日はご結婚を言祝ぐ言葉であふれている

まずは、秋篠宮両妃殿下のご結婚25年をお祝い申し上げます。

朝から、秋篠宮両妃殿下のご結婚25年について報じるニュース番組が多かったですねー。
眞子さま佳子さまの小さい頃のお姿も、見られて嬉しかった。
天皇皇后両陛下の会見から、前の秋篠宮両妃殿下の会見様子と今回の文章を合わせた映像が流れ、
天皇皇后両陛下と秋篠宮両妃殿下の会見は、とても似ていて、どちらも穏やかな空気が流れている。

文章の方は、産経ニュースの「【秋篠宮ご夫妻、ご結婚25周年】ご感想全文」と、宮内庁の、「文仁親王同妃両殿下ご結婚満25年に際してのご感想」を読んだ。

少しだけ、かいつまんで書いてみる。

1989年の9月、皇室会議を経て婚約が内定したことを公表されたことで、秋篠宮殿下がしっかりお話されていた。

1989年の9月に公表するに至りました。これはいわゆる結納に当たる正式な婚約ではなく、皇室会議の議を経て婚約が内定したということを発表する機会でした。服喪中のこうした発表は異例なことと思った人がいたようですが、1951年7月の順宮(現池田厚子)様の発表は貞明皇后の崩御から約2ヶ月後で、しかも当時参考としていた旧皇室服喪令によると、私たちの発表時期より一段階重い服喪期間中でしたので、手続きを終えたという発表は前例にもあり問題ないと宮内庁は判断したわけです。
これで、東宮擁護の人や自称保守の人が、「秋篠宮殿下は昭和天皇の服喪中に婚約したー!」と言えなくなる。

10年ほど住んでおられた前の家は、仮住まいだったことを初めて知った。
(今の家は、旧秩父宮邸を改装されてお住まいなのは知っていたが)
そして、その家についての思いを話され、温かくて賑やかな感じだったんだなと想像できた。

公務についても、秋篠宮殿下は、きちんとお考えを話されていた。
そして、周りへの感謝の言葉も忘れないところは、さすがだと思った。

初めて知る話、普段のご様子が伺われる話、どの話も心温かく読んだ。

全部読んだ感想は、ご結婚されて25年経っても、秋篠宮殿下と紀子妃殿下は仲睦まじいと思った。
比翼連理とは、天皇皇后両陛下、秋篠宮両妃殿下のことを言うんだな。


筆頭宮家としては、大きくニュース番組や新聞に取り上げられたということは、大きい。

次のご結婚30年(真珠婚式)の会見は、皇太子両妃殿下として見たい。


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真夜中の言葉

暗くて、汚い片隅に逃げ込み、逃げ切れたと大笑いする皇太子夫妻。

逃げ切れたと思っているのは、本人たちだけ。

周りは、包囲網を作り、じわじわと囲い中。


皇族なのに、本来のお役目から逃げるとは何事か。

このまま逃げ続けることができると思うな。

もはや、地位は要らぬだろう。

実る稲田は頭垂る

(389)両陛下、沖縄戦終結の日にご黙祷 佳子さま、桃華楽堂で洋楽演奏会をご鑑賞から、抜粋し、転載する。

 大正天皇の即位の礼に伴う大嘗祭(だいじょうさい)に新穀を献上した香川県綾川町で21日、主基斎田(すきさいでん)100周年記念の「お田植まつり」が開かれ、秋篠宮ご夫妻がご臨席。秋篠宮さまは「日本人が大切にしてきた稲作とそれにまつわる文化が、いく久しく受け継がれていくことを祈念しております」とあいさつされた。

 大嘗祭で供える新穀は、京都から東の「悠紀(ゆき)」と西の「主基」の2カ所の斎田で作られ、その場所は亀の甲を焼き、割れ方をみる「亀卜(きぼく)法」という伝統的な方法で決められる。ご夫妻は7日にも、悠紀だった愛知県岡崎市での記念式典に臨席されていた。
 天皇陛下の大嘗祭では、悠紀に秋田県五城目町、主基には大分県玖珠町が選ばれた。

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田植えの後の「斎田踊り」をご覧になる秋篠宮ご夫妻=21日、香川県綾川町(前川康二撮影)
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香川県農業試験場の職員から農産物について説明を受けられる秋篠宮ご夫妻=21日、香川県綾川町(前川康二撮影)


大嘗祭とは、天皇が即位の礼の後、初めて行う新嘗祭。
歴代の天皇の大嘗祭で、供えられる新穀を献上する斎田は、亀の甲を焼き、割れ方をみる「亀卜(きぼく)法」という伝統的な方法で決められる。
悠紀(ゆき)は東日本主基は西日本から選ばれるのを原則としている。

明治天皇の大嘗祭で、新穀を献上された斎田
「悠紀(ゆき)」→山梨県甲府市上石田
主基→千葉県鴨川市北小町

大正天皇の大嘗祭で、新穀を献上された斎田は、
京都から
東の「悠紀(ゆき)」→愛知県岡崎市
西の「主基」→香川県綾川町

昭和天皇の大嘗祭で、新穀を献上された斎田
「悠紀(ゆき)」→滋賀県野洲市三上町
主基→福岡県福岡市早良区脇山

今上陛下の大嘗祭で、新穀を献上された斎田
「悠紀(ゆき)」→秋田県五城目町
主基→大分県玖珠町

天皇陛下のお住まいが、皇居(東京)に移られても、伝統にのっとり、京都からみて東、西に決められるんだな。

神々の時代より、我が国を、
◎豊葦原の瑞穂の国(とよあしはらのみずほのくに)
《神意によって稲が豊かに実り、栄える国の意》
◎豊葦原の千五百秋の瑞穂の国(とよあしはらのちいおあきのみずほのくに)
《葦が生い茂り、永遠に穀物が豊かにみのる国の意》

と呼ばれるほど、皇室と稲作の関係は深い。

その斎田100周年行事に、秋篠宮両妃殿下が行かれたということは、興味深い。
そう思って、過去を見ると、皇室にとって重要な行事は、秋篠宮殿下が行かれている。

先が、楽しみだ。

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