季の記

頭に浮かんだことなどを書いていこうと思っています

私見です その②

皇族とは、”皇族の自分”を見せるのではなく、与えられた立場を理解し、地位にふさわしい活動をされるのが筋というもの。

本来の皇室の活動とは、秋篠宮殿下がおっしゃった「公務は受け身」というものだと思う。

公務の流れについては、佳子さま20年の歩みという特集でこのような記述があった。

①宮内庁を通して、公務の依頼があり、各宮家に振り分けられる。
②宮内庁を通さず、宮家に直接依頼があって、決まる。
③直接、殿下並びに妃殿下に直接依頼して、決まる。

公務が決まると、行く前から、公務先に非礼がないように、時間をかけて勉強されるという。
その下勉強があってこそ、公務先での事を理解された上の発言がある。

そうすることで、公務先も来て頂いて良かった、また次があればお願いしたいと思う気持ちになる。

一つの公務が、次の公務に繋がるという「輪」ができる。

それらは、天皇皇后両陛下や秋篠宮両妃殿下の公務を見ると分かる。


残念なことに、そういう事が分からない皇族が三人いる。
自分の要求を通し、公務をすればするほど、本来の皇室の活動から遠のく。

この三人が動くと、公務に利権が付きまとっているのではと思わずにいられない。
三人とも、利権になるものが無くなったら、公務は無いだろうね。


最後に、トンガの戴冠式は、日本の皇太子夫妻に来て欲しいであって、徳仁親王と雅子さんに来て欲しいのではない。

能なしの徳仁親王とキ●ガイ雅子さんという現状を知っていれば、誰も徳仁親王と雅子さんに来て欲しいと言える訳が無いだろう。

噂を聞いていても、戴冠式で招待するとしたら、地位的に、日本の皇太子夫妻を招待せざるを得ないと思う。

皇太子単独でもやらかすようになったのに、雅子さんも同行し、ゆるゆるのスケージュルで行くとはね。

だが、色々やらかす度に、廃妃への進みが速くなっていく。




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